メンタルは、こうして鍛えられた

私がハイクラス女子会を立ち上げてから今日に至るまで、
決して順風満帆だったことはありません。
むしろ、「これでうまくいった」と胸を張って言える瞬間は、
正直に言って一度もなかったように思います。
七転び八起き、という言葉がありますが、
そんな生易しいものではありませんでした。
100回どころか、
1,000回、1万回と、
転び、ぶつかり、立ち上がり続けてきた——
そう言っても決して大げさではありません。
それでも、不思議なことに
「もうやめよう」と思ったことは、一度もありません。
なぜか。
それは、どうしても辿り着きたい場所があったからです。
途中で投げ出すという選択肢が、最初から私の中にはなかったのです。
何があっても、何度でも挑戦する。
ただ、それだけでした。
この姿勢は、赤ちゃんが歩く姿にとてもよく似ています。
赤ちゃんは、転んでも転んでも、
理由も条件もつけず、無条件に立ち上がろうとします。
「私は歩けない人間なんだ」と諦める赤ちゃんはいません。
それは、大人も同じです。
道端で転んだら、私たちは反射的に立ち上がりますよね。
考えるより先に、体が動くはずです。
もしそのまま立ち上がらなければどうなるか。
人通りのない場所であれば、命の危険すらあります。
つまり、人は本来
立ち上がることを前提に生きているのです。
明確な目的を持って取り組んでいるとき、
人は失敗しても立ち止まりません。
悩み込む前に、
考え込む前に、
「次はどうすればいいか」と体が動く。
逆に、失敗した瞬間に動きを止めてしまったら、
そこでゲームオーバーです。
止まること=終わること
そう理解しているからこそ、
私は考える暇もなく立ち上がり続けてきました。
そして毎回、考えるのはただ一つ。
「次は、どうすれば転ばずに済むか」
それを繰り返すうちに、
方法は増え、経験は積み重なり、
気づけばそれが「実績」と呼ばれるものになっていきました。
だから、私が何より大切にしているのは
ゴール設定です。
途中でやめてもいいゴールは、最初から必要ありません。
やると決めたなら、最後までやり切る前提のゴールを設定する。
それが、
メンタルを鍛える一番確実な方法だと、私は実感しています。

失敗から学ぶということ〜失敗を重ねた分だけ、見える景色が変わっていった

私のSNSなどの投稿をご覧になった方から、
「すごいですね」
「とてもご活躍ですね」
「いつも活動を拝見しています」
と、ありがたい言葉をかけていただくことが増えてきました。

そう言っていただけることは、もちろん素直に嬉しいです。

けれど、私自身は「私が特別だとか、何か才能がある」と思ったことは一度もありません。

ただ一つ、胸を張って言えることがあるとすれば、
それは『 行動量が多かった』 ということです。

思い立ったら足を運び、
ご縁があれば会いに行き、
分からないことがあれば、とにかくやってみる。
悩んでる時間を持たず、即行動。
多くの場所に足を運び、
多くの方と出会い、
多くの人から話を聞き、
多くの経験をさせていただいてきました。

ですが、その一つひとつが
順調だったかと言えば、決してそんなことはありません。

むしろ、思い描いていた通りに進まなかったこと、
失敗したこと、恥ずかしい思いをしたことの方が、
圧倒的に多かったのが現実です。
毎日が失敗の連続でした。

外から見ると華やかに映ることがあるかもしれません。
けれどもし、すべてが思い通りに進んでいたとしたら、
そこに気づきも、学びも、成長もなかったと思います。

実際は、
「こんなはずじゃなかった」
「なぜうまくいかないのだろう」
「あ〜、これではダメなのね」
「これもダメなのね」
「こうじゃないのね」
「これでもないのね」
そう思いながら、立ち止まり、悩み、考え直すことの連続でした。

失敗や勘違いをしては、
原因を振り返り、
やり方を修正し、
また一歩踏み出す。

その繰り返しの中で、
少しずつ見える景色が変わっていったのだと感じています。

だからこそ今、
一つひとつの経験が無駄ではなく、
すべてが自分の糧になっていると、心から思えるのです。

私はこれからも、
行動し、失敗し、学び、成長する。

この循環を止めることなく、大切にしていきたい。

失敗は、挑戦した人にしか得られないもの。
失敗は、行動している証拠。
そう信じて、これからも前に進み続けます。

失敗Welcome精神で、これからも突き進みます。

今朝の富士山を眺めながら〜自分で稼ぎ、選べる人生へ

今朝、清々しい富士山を眺めながら、
ふとこれまでの人生を振り返っていました。

結婚してから、長い年月が経ちました。
今だからこそ正直に言えますが、
かつての私は、自由に動けない自分の中にいました。

「この私が?」と思われるかもしれませんが、紛れもない事実です。

お世話になった方とのお別れに行きたいと伝えたとき、
返ってきた言葉は
「子どもはどうするのか」
「お金がない」
その一言で簡単に片付けられ、
何も言い返せなかった自分がいました。

これが、当時の私でした。

自分で稼いでいなかったため、
自由に使えるお金を持っていなかったこと。
子どもを連れて移動するにはリスクがあり、
実家も遠方で、預けられる環境がなかったこと。

もし、私に自由に使えるお金があったなら。

交通費を自分で出し、
必要であればベビーシッターさんにお願いするという選択もできたはずです。

けれど、その「選択肢」を私は持っていませんでした。

さらに、夫は「妻はこうあるべき」という昭和的な価値観の中で育ってきた人。

その環境の中で、理解を求め、
対等に話し合うことは、当時の私にはとても難しいことでした。

言葉が出なかったのではなく、
選べる立場に、私はまだ立てていなかったのです。

何かを主張しようとしても、
「お金を出すのは俺だ」
「誰のおかげでここに住めてると思ってるんだ」
と言われ、話を聞いてもらえない。

このままでは嫌だと思いながらも、
より自由な選択をするための“大きな決断”が、当時の私にはできませんでした。

本音を言えば、
自分に何ができるのかが、まったくわかっていなかったのです。

やりたいことが見つかったとしても、
それをどう仕事にし、どう収入につなげていくのか。
ビジネスとして構築する姿が、まったく想像できませんでした。

知識も経験もなく、
何から始めればいいのかさえわからない。

今振り返れば、私はただ「無知と経験不足」の状態にいただけでした。

だからこそ、環境を変える決断よりも、
わからないまま時間を過ごすことを選び、
自分の気持ちに蓋をしたまま、日々を重ねていたのだと思います。

それでも、諦めることはできず
考えることだけはやめませんでした。

キャリアもなく、
お金もなく、
特別な知識や頭脳があるわけでもない私に、何ができるのか。

悩み続ける中で、
もしかしたらこれは、
私が自然にできてきたことなのかもしれない。
そう思えるものが、
ほんのわずかですが見え始めた瞬間がありました。

大した自慢になるようなものではありません。

けれど、人から頼まれることが多かったこと。
人と人をつなぎ、場をつくる役割を、いつの間にか担ってきたこと。

これまで当たり前だと思っていたその部分を、
「これを私の強みにしよう」と決めたとき、
ようやく私は動き出すことができました。

それは大きな一歩ではありません。
けれど、確かな最初の一歩でした。

少しずつ。
本当に少しずつですが、自分で動けるようになり、
自分で稼げるようになり、
ようやく、ここまで辿り着くことができました。

私が目指している場所は、
まだまだ高いところにあります。

ですが、必ず手にすると決めています。

諦めないという強い想いを胸に、
これからも前に進み続けます。

ようやく自分のペースで移動できるようになった今、
今日は新幹線での移動中です。

この景色を見られる人生を、
自分で選べるようになったことに、
心から感謝しています。

人生を変えたいと思った日から〜完璧じゃなくても、歩き出していい

「人生をなんとかしたい」
「このままの人生は嫌だ」
そう思い、動き出したのが7年前のことでした。

当時の私は、これといったキャリアもなく、
十分なお金があるわけでもなく、
特別な才能や頭脳があるとも思えませんでした。

「私に何ができるのだろう」
その問いが、いつも頭の中にありました。

それでも、自分の得意なことで、
誰かに喜んでもらえることはないだろうか。

そう考え続けた末に辿り着いたのが、
女性のコミュニティ
『ハイクラス女子会』でした。

立ち上げてからは、決して順風満帆ではありませんでした。
壁にぶつかり、転び、また立ち上がる。
その繰り返しの日々でした。

「ハイクラス女子会」という名前から、
完成された“ハイクラスな女性”が集まる場だと
思われることもありますが、
実際に参加しているのは、
すでに完成された人たちではありません。

私が運営している「ハイクラス女子会」は
意識がたかい、向上心のある女性が参加するコミュニティです。
参加されている女性は、今の自分よりワンランク上を目指す女性たち。

実は、運営を続ける中で、
何人もの方から、同じようなアドバイスを受けることがありました。

「この名前に憧れて参加する人が多いのなら、
“ここを目指すんだ”と、
目で見て感じられる場も用意してあげるといいよ」
と、言っていることは理解できました。
しかし当時の私は、
自分自身を“ハイクラス”だとは思えず、
本物のハイクラスな方々と対等に向き合う自信もありませんでした。
ハイクラスな場所に足を踏み入れることさえ、
正直、怖かったのです。
それでも、日々多くの方と出会い、
交流を重ねていく中で、
「ハイクラス」と呼ばれる方々とも、
少しずつ自然に関われるようになっていきました。

そしてようやく、
本当に少しずつではありますが、
ハイクラスな会を開催できるようになってきました。
先日は、
高級住宅街に佇むサロンで、
ハイクラスな会を開催することができました。
まだまだ課題も、改善すべき点もあります。
それでもこの日は、
自分自身の成長を確かに実感できた、大切な一日となりました。